東京地方裁判所 昭和44年(ワ)10762号 判決
原告
阿部直七
被告
京成電鉄株式会社
第二 主文
一、被告は原告に対し金八七万一八〇〇円及び内金七九万一八〇〇円に対する昭和四四年一〇月一八日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、その余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は原告と被告との各自の負担とする。
四、右第一項に限り仮に執行することができる。
第三 事実
一、請求の趣旨
被告は原告に対し金二三九万五八二〇円及び内金二一八万五八二〇円につき昭和四四年六月二二日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
仮執行の宣言を求める。
二、請求の趣旨に対する被告の答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
三、請求原因
(一) (本件事故の発生)
原告は次の交通事故で負傷した。
1 発生時 昭和四三年五月二六日午後七時五〇分頃
2 発生地 足立区千住五―八日光街道上
3 被告車 事業用大型バス(足二い四四六)
運転者 訴外八ツ繁清継
4 被害者 原告
5 態様 被告車に乗車しようとしたところ、乗降扉が閉鎖されてしまい、乗り残された原告の右側腰部に被告車の左側後半部が接触、原告がはね飛ばされ、転倒した。
6 負傷の部位程度
左肩胛骨複雑骨折、左第三肋骨々折、左前腕左手打撲裂創(二八針縫合)、左下腿打撲裂創(一八針縫合)
内田病院に事故当日たる昭和四三年五月二六日以降同年九月二八日まで一二六日入院し、退院後昭和四四年二月二六日まで(内実日数八日)通院した。
7 後遺症
左肩胛骨変形治癒骨折、左肩・肘手関節拘縮、左手指伸展拘縮により自賠法施行令別表等級の第七級ないし第九級に相当する。
(二) (責任原因)
被告は被告車を業務用に使用し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法第三条により、本件事故から生じた原告の損害を賠償する責任がある。
(三) (損害)
1 治療費(通院交通費二カ月分を含む) 金九二万二六八〇円
この点は既に被告が支払済みである。
2 通院交通費の残額一カ月分 金一六二〇円
バス代二七回、一回金六〇円宛の合計が未払である。
3 入院雑費 金二万五二〇〇円
一日金二〇〇円宛の入院一二六日分。
4 休業損害 金一七万五〇〇〇円
原告は、右治療に伴い、次のような休業を余儀なくされ、右金――円の損害を蒙つた。
(休業期間)事故の翌日から七カ月間。
(勤務先)吉清商店の店員(下駄職人)
(事故時の月収)金二万五〇〇〇円。
5 逸失利益 金六五万四〇〇〇円
原告は、前記後遺症により、次のとおり、将来得べかりし利益を喪失した。その額は右のとおりと算定される。
(起算時)六七歳
(稼働可能年数)五年
(稼働能力低下の存すべき期間)五年
(収益)年収金三〇万円
(稼働能力喪失率)五〇%
(右喪失率による毎年の損失額)金一五万円
(年五分の中間利息控除)ホフマン式計算による。
6 慰藉料 金一三三万円
内訳 入院四カ月として 金四〇万円
通院三カ月として 金一五万円
後遺症九級として 金七八万円
7 弁護士費用 金二一万円
以上の損害の内未払分金二一八万五八二〇円を賠償請求し得るところ、被告は任意弁済しないので原告は本件原告訴訟代理人に、その取立を委任し、弁護士会所定の報酬の範囲内で請求額の一割を第一審判決言渡後に支払うことを約した。
(四) (結論)
よつて原告は被告に対し金二三九万五八二〇円及び弁護士費用を除いた金二一八万五八二〇円につき昭和四四年六月二二日(本件につき墨田簡易裁判所に調停を申立て、その申立書の副本が被告に送達された翌日)以降右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を本訴請求する。
四、請求原因に対する被告の答弁
(一) 第(一)項中1 2 3 4の事実、被告車が発車した頃被告車の左側方で原告が路上に転倒負傷した事実は、いずれも認める。被告車が原告に接触したとの点は否認。その余は不知。
(二) 第(二)項中、被告が被告車の運行供用者である点は認めるけれども、その余は否認。
(三) 第(三)項中、被告が原告に対して治療費通院費として合計金九二万二六八〇円を支払つた事実、原告が原告代理人に本件訴訟を委任した事実は、いずれも認めるが、その余は不知。右の支払をしたのは、公共的運輸機関としての立場から道義的責任を果す意味である。
(四) 第(四)項は争う。但し調停が不調に終つた事実は認める。
五、被告の抗弁
(一) 免責
仮に接触したとしても、本件は免責されるべきである。
1 運転者は被告車の運行に関し過失がなかつた。即ち、被告車の車掌は客を降ろしたあと乗客全員を安全に乗車させ、発車しても安全である旨周囲を確認してドアを閉めた。その際原告は歩道奥一米位の処に被告車を背にして立つており、乗車する様子は全くなかつた。そこで八ツ繁運転手は車掌の合図に従い、まず右のサイドミラーで後続車を確認し、続いて右折の合図をし、次いで左サイドミラーで左側方の安全を確かめて発車した。従つて、車掌・運転者に過失はなかつた。被告は被告車の運行に関し過失がない。
2 本件事故は原告の一方的過失によるものである。即ち、原告は、おそらく被告車がドアを閉め発車し出すのと前後して歩道の奥から被告車の方へかけ寄り(これが被告車の中の知人と握手するつもりであつたのか、手でも振るつもりであつたのか、バスに乗車するつもりであつたのかは不明)、酩酊状態のため足がもつれ、ガードレールの端に備付けてあつた吸殻入れ取付用の太い針金にひつかかつたか或は歩道と車道との高低に気づかず足を踏みはずしたかして(当時高い下駄をはいていたことも加わり)転倒し、発進した被告車の進路に入つて接触したものと思われる。従つて原告の重大な一方的過失により本件事故が発生したものである。
3 被告車は定期バスであり、毎日運転前に点検整備がなされており、構造上の欠陥や機能の障害もなかつた。
4 以上の次第であるから被告は自賠法第三条但書により免責されるべきである。
(二) 過失相殺
原告は老令(当時六六歳)のうえ酩酊状態にあり、高い下駄ばきで、ドアが閉つて発車前後の状態にある被告車に近寄ることを避けるべきであつたにもかかわらず、酔余漫然と被告車に近寄り、つまづいて転倒し、被告車の進路に原告が這入つた過失がある。従つて仮に被告に賠償責任が肯定されたとしても、事故発生につき原告の過失が大きく寄与しているので、賠償額の算定に当り十分斟酌されるべきである。
六、抗弁に対する原告の認否
(一) 免責の抗弁は否認。即ち本件事故は被告車の運転者・車掌の左側方不注意、ドア開閉不注意、発進不適当により起きたものである。原告は飲酒していたけれども酩酊はしておらず、下駄も駒下駄で、原告のはきなれたもので、停車した被告車に乗るため、車道に降り、被告車の手摺に一度つかまつた後これを離し、半歩右に寄り被告車の中を窓越しに見て知人が乗車していることを確認し、再度乗車しようとした瞬間、ドアを閉めて発車し、進行方向修正に伴い、後尾で左にはねとばされ、車道上の側端に転倒させられ本件事故となつた。従つて原告には過失はなかつたから免責の抗弁は排斥されるべきである。
(二) 過失相殺の抗弁も否認。即ち本件事故発生につき乗車しようとした原告に、前記の事情からみて、過失がないこと明らかであるから、この抗弁も排斥されるべきである。
第四 理由
一、(本件事故の発生)
請求原因第(一)項中1 2 3 4の各事業、被告車が発車した頃被告車の左側方において原告が路上に転倒負傷した事実は、いずれも当事者間に争いがない。右転倒負傷した原因は被告車の左側面と原告とが接触したことであることが〔証拠略〕によつて認められる。更に第(一)項の6(負傷の部位程度)、7(後遺症)は〔証拠略〕によつて認められる。なお後遺症は自賠法施行令別表第九級相当と認める。
二、(責任原因)
(一) 被告が被告車の運行供用者であることは当事者間に争いがない。
(二) 免責・過失相殺について判断する。
〔証拠略〕を総合すれば、次の事実を認めることができる。
原告(当六六歳)は事故当日の午後七時頃、事故現場からそれ程離れていない食堂で清酒二合を飲んだ。その際、話し合つた家族連れの夫婦と共に事故現場の京成バス停留所「千住四丁目」に来た。暫時待つていたところ、定期バスの被告車が千住新橋方面から千住大橋方面に走行して来て、歩道との縁石線から約五〇糎離れて、事故現場に停車した。直ちに降りる者は降りて、乗る者は皆乗つてしまい、最後に原告が取り残された格好になつた。しかし佐藤車掌からみると原告は歩道上に居て乗車する態度に出ないのでドアを閉め、発車してよい旨の合図を八ツ繁運転手に送つたため、同運転手は発進させた。他方、原告は当初から被告車に乗るつもりはなかつたらしく、前記家族連れの夫婦が乗車しておるか否かを確かめるべく降車口の後方へ寄つて、のぞき込む様な態度に出たため、被告車の左側と原告の体とが接触し、そのはずみで原告は路上に転倒して負傷し、本件事故が発生した。
なお原告は乗車する予定で行動をとつていた旨主張するけれども、原告が検証現場で指示説明したこと、本人尋問における反対尋問では乗車するつもりだつたと述べてみたり或は必ずしもそうではなかつた旨述べてみたり、更には乗車口の手摺に一度は手をかけたが離して路上で別行動したと述べていて、その脈らくがなく、乗車する行動をとつていたとは到底認め難い。
右認定事実によれば、被告車としては発進に際し更に左側方を注意すれば本件事故発生を防止できたものといえる。他面、原告は被告車の発車の直前か或は直後に特段の事情もないのに敢て車窓へのぞき込む態度に出たことも原告の過失というべきである。従つて本件事故は原告と被告車側との双方の過失により発生したものというべく、その過失割合は原告四、被告車側六と認めるのを相当とし、この意味で過失相殺の抗弁は理由があるけれども、免責の抗弁は採用しない。結局、被告は原告の総損害の内、六割に相当する額を賠償する責任がある。
三、(損害)
1 治療費 金九二万二六八〇円
この金額は通院費を含み被告から原告への既払分であることは当事者間に争いがない。
2 通院交通費一カ月分を請求しているけれども、これを認めるに足りる証拠はない。
3 入院雑費 金二万五二〇〇円
前認定の負傷の程度からみて、一日金二〇〇円宛の入院実日数一二六日分として右のとおり雑費を費消したものと推認することができる。
4 休業損害 金一七万五〇〇〇円
〔証拠略〕を総合すれば、原告は数年前から吉田清七方へ下駄職人として勤め、一カ月金二万五〇〇〇円を得ていたところ、本件事故のため休業を余儀なくされ、それに引続き退職したこと、事故後約七カ月間は全く稼働できなかつたこと、その後昭和四四年四月三日付で治癒したこと(前出の甲第三号証)が認められる。従つて七カ月間の右休業損害が生じたものと認めるのを相当とする。
5 逸失利益 金四五万四五八七円
前出の各証拠によれば、原告は明治三四年九月一〇日生れの比較的健康な男子であつたことが認められる。これに前認定のとおり後遺症が第九級であるから、その労働能力喪失率を三五%、稼働可能年数五年と推認する。そして月収金二万五〇〇〇円であつたから、年収金三〇万円となる。労働能力喪失による原告の逸失利益はライプニツツ式計算法により年五分の中間利息を控除した現価は右のとおりとなる。
30万×35/100×43294=454587円
6 慰藉料 金一二八万円
前認定の諸事情から原告の精神的苦痛に対する慰藉料として治療中の分として金五〇万円、後遺症分として七八万円を相当と認める。
7 過失相殺
以上の総損害は金二八五万七四六七円となるところ、その六割は金一七一万四四八〇円となり、これより既払の金九二万二六八〇円を差引くと残額は金七九万一八〇〇円となる。
8 弁護士費用 金八万円
原告は右のとおり賠償請求し得るところ、被告が任意弁済に応じないので、原告は本件原告訴訟代理人に本訴の提起と追行とを委任し、第一審判決言渡日に請求額の一割を支払う旨を約したことが弁論の全趣旨によつて認められるけれども、本件訴訟の全経過からみて、被告に負担せしめる額は金八万円をもつて相当と認める。
四、(結論)
よつて被告は原告に対し金八七万一八〇〇円及び内金七九万一八〇〇円については訴状送達の翌日たる昭和四四年一〇月一八日以降(この点は当裁判所に顕著である。原告は調停申立書送達の翌日を起算日として主張するけれどもこれを認めるに足りる証拠はない。)右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。従つてこの限度で認容し、その余を棄却し、民事訴訟法第九二条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 龍前三郎)